| 英国・フランス・ベルギー・オランダより厳選されたアンティーク家具、建具、照明販売。ヨーロッパの洗練されたインテリアに囲まれて過ごす日常をお手伝いしたい、そんな思いで西洋アンティークをご紹介させていただきます。 |
![]() |
| 英国アンティーク家具の素材変遷 |
| イギリス事情・英国アンティーク家具・アンティーク照明・意匠の変遷・アンティーク家具の歩み |
| マホガニーの時代(1720〜1770) |
ジョージ1世からジョージ4世まで(1714〜1830)1世紀以上にわたり、ジョージ朝が続きます。 この時代は、英国家具史上、絶頂期を極めた時代と言っていいでしょう。 ジョージ2世までを、アーリー・ジョージアン時代と称します。 この頃になると、様々な家具が登場します。 ウィリアム・ケントがデザイナーとして英国に新風を吹き込みます。 1719年に、イタリアから戻り、第3代バーリントン伯爵の庇護のもと、建物や庭園、そして家具など、あらゆる方面に、 パラディアン様式(パラディオのデザインする古代ローマの古典様式)を用います 。 ウィリアム.ケントは家も室内装飾も家具も一体の、統一感でまとめます。 古典的なポルティコやオーダーを用いた建築を室内装飾や家具にも適用して、さらにぺディメントやコーニスなども意匠化します。 またパラディアン様式と併行して重厚華麗なバロック様式を、コンソールテーブルや椅子などに用いました。 1722年にサー・ロバート・ウォ ールボールがホートン・ホールを作った時、家具調度は多くのギルド家具で満たされます。 コンソールテーブルはその中でも注目の家具とされます。 |
![]() |
|
ホートン・ホールはマナハウスもすべてウィリアム・ケントのデザインで仕上がっており、 小説家ホーレス.ウォールボールはケントについて、彼は、建物は言うに及ばず、家具、絵 画の額縁、鏡のフレーム、ベッド、椅子など... 果ては、ファッション.デザインまで手がけたと述べています。 この時代はウィリアム・ケントに触発されて、バロックのギルドチェアがはやり、彼を境に、当時、英国の美術様式で主流であった、 バロック様式がロココ様式に移り始めます。 ロココ様式とは非対称的な意匠でデザインされる、葉、貝殻、渦巻きなど、さらに中国などの異国風の主題が用いられる様式です。 ヴェルサイユ宮殿の庭園に造られたロカイユ(岩石でかざった築山)、装飾様式の貝殻模様のコキール(貝殻)というフランス語が語源です。 さらに、ウィリアム・ケントの古典的な意匠とは別 に、プレーン・フーフ・フットやプレーン・クラブ・フットなどの意匠がマホガニーの 輸入と時を同じくして現れます。 1720年、ウォルナットの有力な供給元の一つフランスが、輸出を禁止します。 一方、その当時、英国は英国植民地である北米や西インド諸島からの木材に輸入税を課していましたが、1721年、輸入税を廃止します 。 それらにより家具史上、ウォルナットからマホガニーの時代へと切り替えが始まります。 |
![]() |
| その結果マホガニーはジャマイカ産をはじめ、プエルトリコ、キューバ、ホンジュラスなど、 各地それぞれの特徴を押さえたものが英国に輸入されてきます。 ジャマイカ・マホガニーは家具材として優れた特性を持っていて、ウォルナットより丈夫で色合いも深みのある赤みを持ち、 木目も詰んでいます。木材の切り出しも、厚く広く取ることができます。 プエルトリコ・マホガニーは同じスペイン植民地の、キューバ、サントドミンゴとともに、スパニッシュ.マホガニーと呼ばれます。 18世紀後半、ホンジュラスから大量のマホガニーが輸入されます。ジャマイカ・マホガニーにくらべ、 美しさや木目の細かさ、質感の欠如などの短所はありますが、需要を満足させる量がとれました。 高級家具には不向きでしたが、中流家具には膨大な需要に応えることが出来ました。 マホガニーの最盛期は18世紀の中ごろまでです。その後は、象嵌や寄木張りなどの部材として使われるようになりました。 |
![]() |
| アンティークハウス ペルラ・特定商取引法に基ずく表記・支払い方法に関する表記・プライバシーポリシー・ステンドグラス |
![]() |
|